ううんとうなった瞬間、足元でおかしな振動を感じた。そちらに目をやると、転んだ瞬間にバッグから飛び出したのであろう携帯が震えていた。
「もしもし」
泥だらけのそれは、なぜか壊れず、相手の声を伝えてくれる。
『瑠奈? 今どうなってる?』
想史の声だ。隣の想史と同じ声なのに、かすれて違う声に聞こえる。
「帰れそう……かも」
『本当か。迎えに行く。どこに着くんだ?』
どこに着くんだろう。わからない。助けを求めるように頭上の月を仰ぎ見る。すると。
「あっ」
ゴシゴシと目をこする。一瞬錯覚だと思った。けれど、何度まばたきしても同じように写る。
月が、降りてきている。
『どうした? 瑠奈』
「川……」
『川?』
「保育園のとき、遠足に行った川、わかる? 当時朔が落ちたの。蝶々を追いかけてて」
電話の向こうで少し考えている気配があった。
『わかった。思い出した。今だとコスモスがめちゃくちゃ咲いてる、あの川?』
「それ!」
同じ思いでで繋がれたことが嬉しくて、つい大きな声を出してしまった。
「そこに迎えに来て。たぶん、たどり着けるから」
『わかった。すぐに行くよ』
「うん」
そこで急に通話が途切れた。おかしいと思って見ると、携帯の画面がブラックアウトしていた。水たまりに落ちて泥まみれになったんだもの、そりゃこうなりますよ。無言でそう伝えてくるみたい。



