「……はっ、あ、あぁ……っ」


もう息が続かない。観念して口を開けると、酸素が一気に肺の中に入ってきた。目を開けると、そこには平穏な夜空が。月は一つしか浮いていない。

自分の手を見る。ちゃんと二つある。足も、髪も、欠けていないみたい。周りには私を閉じ込めるような、小さな手すり。

すべり台だ。戻ってきた。無事にこっちに来られたんだ。ほっと安堵のため息をつく。持っていたスマホで日付を確認。九月十三日。間違いない。朔のいない世界だ。

スマホをしまい、いそいですべり台を滑り降りる。また月が二つ見えたら大変。すぐあっちに戻ることになっちゃう。

すべり台から離れ、荷カゴにパンの入った自転車に駆け寄った。またぎ、立ちこぎで家に向かう。

これでいいんだ。もうあのすべり台に近づかなければ、元の世界に戻されることはない。多分。


「ただいま!」


台所にパンを置き、餃子のにおいが充満する家の中を駆ける。階段を上がり、朔の部屋のドアを開けた。中は物置になっている。ホッとすると同時、少し寂しくなった。最後に会った朔があんなに弱弱しい姿だったからだろう。

でも大丈夫だよね。あんたはそっちで、私はこっちでお互い幸せになろう。うん。一人で考えを完結させると、お母さんの声が聞こえた。