足元が、濡れている。


歩を進める度にぴちゃぴちゃとなるそれを、ほんの少し、鬱陶しく感じた。

───うるさい。

けれど、歩くことをやめよう、とは思わなかった。

僕は、このどことも知れない山奥深い森の、いっそ恐ろしいまでの静寂に沈んでしまいたくて。

小さな足音は、そうするにはほんの少しだけ邪魔だった、ただ、それだけだったから。


「……ん…」


まだ青々しい葉が、風にでも吹かれたのか、僕の目の前をふわりと舞う。

聴覚から視覚へ、ゆるりと感覚を引き戻され、濡れた音に意識を向けることを中断された僕は、軽やかに流れていく葉をなんとなく目で追いながら、険しい森の道を歩き進んだ。


「……?」


僕の進む方とは反対に、ひらりひらりと踊る様に風に乗っていた葉が、とうに僕の視界から消え去った頃。
僕は、多分数十時間ぶりに、ぴた、と足を止めた。

目の前に、長い、どこまでも長い石階段がある。

古ぼけて苔むした階段は、相当長い年月を経ているらしく朽ちかけていて、パッと見ただけでは分からない程、森の中に溶け込んでいた。

……普通なら、こんな階段素通りしてしまう……はず、なのだけれど。

何故だろうか、それは……僕の目には、まるで浮かび上がるかのように鮮明に、強くその存在を主張して映っていたのだ。


「…………」


こちらに来い、と誘っているかのように。
石階段はひっそりと、しかしハッキリと佇んでいる。

目に焼き付くそれに誘われるまま、僕は濡れた裸足を割れた石段にかけた。

ぺた、ぺた、と、階段としては些か不便なごつごつした石を踏みしめて、無心に頂上を目指していく。

階段の終わりが、さっぱりここからでは見えないことなど気にも止めず、ただひたすらに。

………なにか、が。
……それが何なのかは、僕にはまだ分からないけれど、とにかく何かが、この石階段を上った先にあるという、確信があった。