亘理さんがお風呂から戻ってきた時、私はもう寝室のベッドの中にいた。
寝室の電気は消しているので、リビングからの明かりが少し漏れている。彼の足音や気配を感じるだけで、切ないけど安心した。

近いけど、すごく遠い。
この寝室とリビングを隔てる扉は、私と彼の距離そのものだ。


ベッドに横たわり、何をするでもなく布団にくるまっていると、リビングからとても控えめな声が聞こえた。

「……白石さん、もう寝ましたか?」

ドキッとして身体が震える。
どうしようか迷った末、結局返事をすることにした。

「起きてます」

短い言葉なのに、やけにしんみりとした響きがこもってしまって、まずいなと布団を頭までかぶろうと握りしめる。

するとすぐに、亘理さんが言葉を続ける。

「何か、嫌なことでもありましたか?」

「…………どうしてですか?」

「……なんとなく、です。様子が違って見えたので」

「鍋を焦がしたから?」

「それだけじゃありませんけど……」


言い詰まったのか、少し間をおいてから「あの」と彼が動く気配がした。

「顔を見て話したいのですが、この扉を開けたらだめですか?」

「─────嫌です」

「……そうですか」


いつも淡々とした口調の彼が、初めて落胆しているのが分かった。
それが、私の胸を苦しくさせた。なんでこんな時にそんな声を、と想いが込み上げる。

「亘理さん」

「はい」

「………………ブラマに戻っちゃうんですか?」

「─────え?」


核心を突いた疑問を口にして少しだけ後悔したけれど、それよりも気になってしまって止められなかった。
このままだと、私はきっと朝まで眠れない。