母のような眼差しですべてを悟った大熊さんは、「女は度胸よ!」と私の腕を引っ張った。
「大熊さん!?」
「だいじょーぶよ、ちょっと聞くだけ!」
大丈夫じゃないですーーー、という訴えは無視され、私たちは小会議室の前で耳をそばだてる。
いけないと思いながらも、この不安が消えてくれるならばと。
ちょっとだけ開いた隙間から、会話が漏れ聞こえる。
「……ここに靖人の印鑑とサインをお願い。あと、こっちにも」
「分かった」
「万が一、今月の引き落としに間に合わなかったらまた連絡してもいい?」
「うん、いいよ」
二人の会話を聞きながら、いちいち大熊さんが小声で
「図々しい女ね!」「連絡?してこないでよ!」
などと文句を言っている。
その都度、私がシーッと人差し指を立てる。
「─────書類はこれでいいはず。ありがとう」
「わざわざ来てくれてありがとう」
「ううん、昨日まで隣県に出張してたのよ。だからここに寄り道した形になるから、大丈夫」
部屋の中の二人の話は、これで終わりに思われた。
…………が、しかし、郁さんはひとつ咳払いをすると、声色を変えた。
「……ねぇ、靖人。じつは、うちの本部長からこんなのを預かったのよ」



