彼は私のところまで来ると、先ほどの茶髪のママさんに申し訳なさそうに軽く頭を下げた。

「すみませんが、そういったお誘いはご遠慮願います」

「えー、だめですかぁ?恋愛は自由じゃないですか」

「えっと……、俺が困るんです」


─────え!?

信じられない思いで私は目を丸くして彼を見つめるが、目は合わない。
私と一緒にママさんたちもやや興奮気味に身を寄せあっている。

亘理さんは淡々としたいつもの口調で「あ、そういう意味ではないですよ」とつけ加えた。

「いま彼女に恋人を作られて、さらには結婚されると困るんです。うちの店にとって彼女がいなくなったら、大きな戦力を失うのと同じことなので」

「ちょっとちょっと〜、店長さん!それじゃあお姉さんの婚期逃すことになっちゃいますよ〜!」

言われた方はケラケラ笑っていて、あまり気にしていないような顔をしている。
どうやら、うまく難を逃れたらしい。

ここで私もたたみかける。

「私も今は仕事が一番なので……」

「そっかぁ、残念です!それなら仕方ない」

「あっ、そろそろピザ焼き上がるかな?見てきますね!」


その場から離れたい一心でそそくさと席を立つ。
便乗して亘理さんもいなくなるかと思いきや、ぐっと私の手を引いてきたので心臓が跳ねた。

「なっ、なんですか!?」

「これ、使ってください」


彼が差し出したのは、ピザカッター。

なんだか一気に気が抜けた。


「…………ありがとうございます」

「はい。では引き続きよろしくお願いします」

亘理さんはにこりと微笑むと、会議室を出て行った。



…………深い意味なんてなくても、ちょっとだけ嬉しかった。私がいなくなったら困るというのは、彼が言うんだから嘘じゃないはずだ。
それがたとえ、仕事だけのことだったとしても。