「おはようございます、白石さん」

と、更衣室を出たところで声をかけられた。早番ですでに半日ほど早く働きに出た亘理さんだ。
遅番で出勤したばかりの私はまだきちんとエプロンを身につけていなかったので、ぐるりとウエストで紐を一周させて結びながら軽く頭を下げた。

「おはようございます」

「あの、お弁当ありがとうございました。玉子焼きのおだしがちょうどよくてすごく美味し……」

「亘理さんっ!!」

お腹の奥底から大声で彼の名前を呼んでかき消した。
びっくりしたような彼の姿の他に、後ろに二人ほどパートのおばちゃんがいて、彼女たちも目を丸くしている。

「ちょっとよろしいでしょうか!!」

どうしたんですかとすっとぼけている亘理さんの腕を強引に引っ張って、おばちゃん二人をやり過ごす。

彼女たちが遠ざかっていったのを確認して、私は初めて男の人の胸ぐらを掴んだ。……とは言ってもどうしても身長差があるのでこちらはプルプルと背伸びしているのだが。

「いいですか!他の人たちに同居のことが知られるようなことを口走るのは、絶っっ対にやめてください」

「えぇ?今のって同居してるのバレます?」

「バレますよ!」

「付き合ってるのかなーくらいじゃないですか?」

「それが嫌なんです!」

精一杯睨みつけてやると、彼はなぜかこの状況を楽しむようにちょっと鼻で笑って、やんわりと私の手から逃れた。

「新しい店長が独身だったら狙えば、って初日に誰かに言われてたので、てっきり俺は狙われてるのかと。だから家に来てもいいって言われたのかと思ってました」

「な……、な……!そんなわけないでしょーが!!」


人の良心をなんだと思ってるのか!
思いっきりヤツの身体を突き飛ばし、廊下の冷たい壁にぶつかって「いてっ」と呻いたのを尻目に私は大股でその場を去った。