必要以上に近寄られて、嫌悪感しか抱けない。
どうしてこんな人を好きだったのかさえ、もう思い出せない。

後ずさりした私の手を引っ張って、涼が「逃げるなよ」と引き寄せようとした時─────


「おい」

と、そばで低い声が聞こえた。

ハッとして振り返ると亘理さんが立っていたが、今の「おい」を誰が言ったのか分からないほど低い声で戸惑った。

彼はお弁当をワゴン車に積むなり私の手を掴んでいた涼の手を振り払って、そのまま涼の身体を車体に押しつけるようにして胸ぐらを掴んだ。

びっくりして、思わず両手で口を覆う。


これは、いったいどういう状況なの?


「な、なにやってんですか店長さん!怒んないでよ〜!冗談、冗談だって!」

驚いているのは私だけじゃなく涼も同様のようだった。
明らかに焦った顔でパチパチと瞬きを重ねて、自分よりも幾分か背の高い亘理さんを見上げている。

そして、彼はなんとかこの場をごまかそうと必死に作り笑いを浮かべた。

「このまま俺を殴ったりしたらヤバいですよ」

しかし、亘理さんの手が緩むことはない。
先ほどと同じ冷静な低い声で、彼は涼を睨んだ。

「殴るつもりはない。俺の自制心が働いてる間に、とにかく今すぐ目の前から去ってくれ」

「俺、客ですよ?いいんですか、そんなこと言って?」

「もう来ていただかなくて結構です。それから……」

「それから?」

「彼女に二度と近づくな」


言い切ってから、亘理さんは涼を掴んでいた手を離した。
一方の涼はぐちゃぐちゃに乱れたシャツとネクタイを急いで整えると、なんなんだよ、と吐き捨てた。

「お前らできてんのかよ、最初から言えよ!」

「お買い上げありがとうございました」

まだ何か文句を言いたげな涼を、亘理さんが問答無用で車の運転席に押し込んでドアを閉める。

閉め切ったドアの向こうで恨めしそうにこちらを一瞥したあと、彼はエンジンをかけるなりすぐに発車して駐車場を走り抜け、やがて見えなくなった。


車の姿も走行音さえも聞こえなくなったけれど、私も亘理さんもしばらく動かなかった。
私はというと、さっき両手で口を覆ったままの姿勢で固まっている。それほど衝撃を受けた。ブラマが偽装表示をしていたと聞いた時よりも、よっぽど衝撃だった。


「……白石さん」

亘理さんの呼びかけに、なんとか返事をする。

「は、はい」

「こんな形になるのは望ましくありませんでした」

「……あ、あの」

「好きです」


今、彼がなんと言ったのか一瞬理解できずにやっとのことで口を覆っていた手を下ろす。

顔と顔が向き合い、視線も合ったところで亘理さんが再び口を開いた。


「白石さんのことが、好きです」