私なら魔法を使ってしまいたい。
心さえ手に入るなら黒魔術でもいい。
トカゲのしっぽや毒蜘蛛を煮込んだ薬だって、今なら飲めると思う。
セロリさえ入れないでくれたら、ヘビの生き血までは我慢できる。

「想いを言葉にできる魔法があるなら、今すぐそれを使いたいのにな」

想いを返してもらえるなら、もちろんそれがいい。
だけど今は、ただただこのどうしようもない熱を余すところなく伝えたいだけだった。

この気持ちをわたあめみたいにクルクルッと上手にまとめて、かわいい袋に詰められたらいいのに。
わたあめは千円もしないから、店長は怖がらずに受け取ってくれるかな。

体勢を整えて座り直した店長の目は真剣なものに変わっていた。
前みたいに『気持ちを伝える108の方法』なんて本を持ってきたりしないし、関係ない話ばかりするわたしを急かすこともしない。
だから口を開いて言葉を出そうと思うのに、それは無力な吐息に変わるばかり。

黙って待っていてくれる店長に悪いから、なんとか伝えたいと強く願ったら、言葉じゃなくて涙が出た。
自分でびっくりしてしまったわたしは、どこか他人事のようにデニムにパタパタと落ちる涙を見ていた。

すると、その落ちる涙の隣でぎゅうっと握っていた手を、店長がひとまとめにして包み込む。
触れ合っているのは手だけなのに逃げ場はなく、もう言葉を探す余裕もないくらい身体の内側全部がドキドキと痛み出した。

いつの間にか涙は止まっていて、目の端に残ったそれを、店長はゆっくりと親指で拭う。

「シンプルに。思っていることをそのまま言えばいいから」

「思ってること、たくさんあって」

「じゃあ、順番にゆっくりでいい」

順番、と言われて、わたしは浮かんだことをひとつずつ並べていった。

「わたし、ずっと店長のことバカだと思ってて」

「……え? あー、そうなの?」

「もっと年上のミステリアスな感じの人が好みで」

「うん、そう言ってたよね」

「でも真柴さんが『店長だってあと二~三年待てば落ち着いた三十代になるはずだから、妥協して先物買いしとけば?』って」

話せば話すほど店長はどんどん俯いていく。

「うわー、思ってた以上にひどい言われ様。あの人、全部わかってるくせに」

「真柴さんは簡単に『待て』って言うけど、わたし、親戚から洋梨もらって『茶色くなっていい匂いがしてきたら食べ頃だよ』って言われたから待ってたのに、青いまま匂いもせずに腐らせたことがあって」

「……俺、腐るの?」

「だけど今なら、腐った洋梨でもおいしく食べられる気がするんです!」

「………………………………」