本当にキスなんてされたら堪らないから、少年漫画の主人公みたいに世界中のパワーを集めるつもりで目にエネルギーを集中させる。
そうしてようやく瞼がわずかに持ち上がった瞬間、唇に冷たい感触がした。
うーっすら開いた視界には「ライムサワー」や「巨峰サワー」の文字。
どうやらラミネート加工された飲み放題メニューが私の顔に当てられているようだ。

「何だよ! 加賀(かが)……()?」

飲み放題メニューの向こうで国松さんの不機嫌な声がする。
勢いよく噛みついたのに、名前を忘れて尻すぼみになり、しかも間違えた。

必死に頭を動かしてメニューの陰から確認すると、その人物は今日も幹事、いつも幹事でおなじみ、一つ下の後輩・“加賀美(かがみ)”君。
私と国松さんの間をメニューで遮ったらしい。
いつも幹事やってるんだから、名前くらい覚えてあげてよ国松さん。

加賀美君は無愛想でマイペースなくせに、クソ真面目なことを利用されて、いつも幹事とか委員とか面倒なものを押し付けられている。
飲み会の間、黙々と飲み物の注文をまとめ、淡々と料理の追加をし、さりげなく他のお客さんに気を使って、テキパキとお会計を集めて、ぜーんぜん座っていないから、みんなと親睦を深める席で、彼との親睦は深まらない。

「部の忘年会なので困ります。そういうのは個人でやってもらえませんか?」

アルコールが入っているとは思えないような硬質な声で加賀美君は言う。
照明がメガネにキラリと反射して、いつも以上に表情もよくわからない。

加賀美君、『個人でやれ』なんて、私の気持ち知ってるだろうにそれはないんじゃないの?
個人的に私が国松さんに誘われてもいいの?
幹事じゃなければ助けてくれなかったの?

苛立ちで目は冴えたけれど、反対に「起きなきゃ」という気持ちは霧散した。

酔ってるフリしちゃえ!
幹事なんだから、酔っ払いの面倒は君がみなさい。

「加賀美君がいい」

「は?」

国松さんの不機嫌さ倍増。
でも知らなーい。
私“酔ってます”から。

「加賀美君がキスしてくれたら起きるぅーーー」

「平雪ちゃん?」

「加賀美君がいい! 加賀美君じゃなきゃやだー! 加賀美君、加賀美君、加賀美くーん!」

脚をバタバタさせて駄々をこねると、国松さんの気配が遠くなった。

「平雪ちゃん、酒癖悪いの、直した方がいいよ」

国松さんは女癖悪いの、直した方がいいですよ。
王子はさっさと舞踏会にでも行ってしまえ。