…襖を開けると、あの独特の香りが漂った。
僕は昔この香りがあまり好きではなかったけど、渉はいい香りだと言っていた。
『だってなんか、心が落ち着くでしょ?』
その香りに包まれながら、僕はただ、渉の側へ向かった。
あの日から僕は、ずっと逃げてきた。
渉と一度も、向き合おうとしなかった。
「…ごめんな、渉」
手を合わせたまま、小さく呟く。
僕はずっと逃げてきた。
渉の死から、ずっと。
遺影の中の渉は、変わらない笑顔で僕に笑いかけてくれていた。
僕はそんな渉の前に、コトンとドロップスを置いた。
…「母さん」
居間に戻ると、母さんは懐かしいアルバムを捲っていた。僕の呼び掛けに顔を上げて、「あんたが戻ってきたら見ようと思ってて」と呟く。
僕は入り口に立ち尽くしたまま、頭を下げた。
「…ごめん」
母さんが息を飲むのがわかった。夏の空気が一瞬で変わる。
「渉が死んだのは…俺のせいだ。俺が渉を、この街から出さなければ…」



