マキにつれて行かれたのは、小粋なジャズバーだった。

こんなバー、私は滅多に行かない。

この場所に来るお客にお酒を飲みにきたのか、ジャズを聴きにきたのかって聞いたら九割の人はジャズって言うんだろう。

私は音楽は好きだけど、ジャズはどうも苦手だった。

弾いてることはきっとすごいんだろうけど、そのすごさが正直わからない。

時々リズムもメロディも崩れて、音楽の原型を留めてない時すらある。

私にはそれが心地よいとは思えなかった。

でも、マキは昔からジャズが好きらしい。

前でトリオの演奏を見つめながら、軽く足でリズムをとったりしてる。

「久しぶりだわ、このジャズバ-。」

マキはビールを飲みながら、私に微笑んだ。

こんな大人な雰囲気の場所では、マキも少ししっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出している。

いつか、ジャズバーでしっとりお酒を飲める日が来るようになるんだろうか。

今の私にはほど遠いような気がした。

「ところで澤村、退職しちゃったね。この私ですら知らない情報だったからびっくりしたわ。」

私に気を遣って言葉を選んでるようだった。

「そうね。私も初耳だったわ。」

「そうなの?」

「そうなの?って、そうだわ。」

「てっきり、あなた達、なんだかんだ言ってお付き合いしてるんだと思ってたから。」

私は軽く笑いながらワインを一口飲んだ。

「半年ほど前だったかしら、エレベーターホールでチサがえらく動揺してた時あったじゃない?あの時、松葉杖ついて降りてきて、ははぁんって思ったの。あのいつもクールな澤村も一瞬慌てた様子だったし。」

「一瞬の夢みたいな出来事だったわ。」

「何それ。」

マキは首を傾げて私の顔をのぞき込んだ。