「行くぞ、野郎ども!」

「走れぇ!」

 2チームのリーダーの掛け声に合わせて、一斉に猫さんたちは走り出しました。がたがたごろごろと音を立てて、両者の車は広い田んぼ道を駆けていきます。

 とはいえ都会の大通りほど道幅が広いわけではありません。リヤカーと火車がようやく並べるくらいのこの道では、両者は両者とも、相手の車に体当たりをして田んぼに突き落とそうとしています。

「そこじゃ! もっとぶつけよ! 突き落とせー!」

「危ないですあねさん! ちゃんと掴まってください!」

 立ち上がって腕を振り回す桜子先輩に、リヤカーを操る猫又さんが悲鳴を上げます。私はといえば、落ちないように必死でリヤカーにしがみついていました。

「どうしたどうした猫又さんよぉ!」

「足がもつれてきてるんじゃねえかあ?」

 はやしたてる火車たちに猫又さんたちはぐんとスピードを上げて、火車さんたちを抜き去りました。

「その言葉、そっくりそのままお返ししてやる!」

「てめえらはそこで周回遅れになるのを待ってるんだな!」

 その言葉に火車さんたちは怒り狂ったようで、すぐにスピードを上げて猫又さんたちに並びました。再び両者は火花を散らします。

「うひゃあ、わあああ」

 舗装が十分でない山道に差し掛かり、荷台に伝わる振動は倍以上になりました。離してなるものかと荷台にしがみついてはいますが、足はほとんどふわふわと浮いてしまっています。

「落ちろオラァ!」

「てめえが落ちろ!」

 がんがんと車はぶつかりあい、熾烈なデッドヒートは続きます。山道で曲がり角も多くなってきたというのに、スピードもますます増してきていました。そんなスピードでヘアピンカーブを曲がろうとするものですから、悲劇は起きてしまいました。

「きゃあああ!」

 ぐんとかかった遠心力に耐え切れず、私の体は荷台から振り落とされてしまったのです。

 ぴゅーんと飛んでいった先は明かりもない森の中。幸いにも私は超能力者だったので、傷一つ負っていませんが、ここからどうしましょう。猫さんたちを追うにしてもこのまま帰るにしてもこの場所は中途半端な位置に思えます。

「おーい! 誰かー!!」

 口に手を当てて叫んでみますが、返ってくる言葉はありません。文字通り人里離れた森の中というやつに、私は置き去りにされてしまったのでしょう。

「どうしようかなあ……」

 肩を落として道端に立ち尽くします。その時、遠ざかっていったエンジン音が、どんどん近づいてくる音が聞こえました。

「よだか!」

「桜子先輩!」

 顔を上げると、遥か彼方から桜子先輩の乗っているリヤカーが近づいてくるのが見えました。折り返し地点を通り過ぎて戻ってきたのでしょう。

「掴まれ、よだか!」

 すれ違いざまに手を伸ばされ、咄嗟に私はその手を取ります。再び向かい風にさらされてふわふわ浮かぶことになった私に、桜子先輩はしっかりリヤカーの手すりを掴ませました。

「まったく、どんくさい奴じゃの」

「えへへ、お世話になりますー……」

 そういえば化田さんはどうなったのでしょう。並走する火車さんたちに目をやると、化田さんはなんと車の中で眠っているように見えました。

「ね、寝てる……」

「気絶しておるのじゃろう。あいつには刺激が強すぎる展開だからの」

 ムスッとした表情で桜子先輩は言います。そうしているうちに私たちを乗せた車は山道を通り過ぎ、田んぼ道へと差し掛かっていました。

 さあ、最後の直線です。先頭は私たちの乗るリヤカーと化田さんの乗せられた火車さんたちでした。

「しつこいぞテメエ!」

「こっちの台詞だ! さっさと田んぼに落ちやがれ!」

 いがみ合いながら二台の車は疾走していきます。最初は互角。しかし徐々に火車さんたちにリードを広げられ、完全に火車さんたちの背中を見て、こちらは走っていました。

「ええい、情けない奴らめ!」

 桜子先輩は荷台のへりに足をかけると、手の中に狐火を作り出し、火車さんたちに投げつけました。

「これでも喰らえ!」

 飛んでいった狐火は、車を引く猫さんたちの足元に着弾しました。

「ぎゃあ!」

「あちい!」

 怯ませる程度の威力しかありませんでしたが、それで十分でした。その隙に猫又さんたちのリヤカーは火車さんたちの真横につけたのです。

「くそぉ! 負けるかぁ!」

「走れお前ら! 走れぇ!」

 舵を取る猫さんたちが最後の檄を飛ばします。両者の車がぐんと加速しました。

 私たちの車と火車さんたちの車は猛スピードでゴール地点を通り抜けました。恐らく、ほぼ同時のことです。

 緩やかにスピードを落とした私たちはゴール地点の広場へと戻ってきました。火車さんたちも同様に戻ってきています。全員が全員、全力疾走のせいでぜえぜえと荒い息を吐いています。

「見たか! 俺たち『火車髑髏』の勝ちだな!」

「何言ってんだ! 誰がどう見ても俺たち『津無漢』の勝ちじゃねえか!」

 車から降りた2グループのリーダーが睨みあいます。二人は最初は普通にガンをつけあっていたのですが、どちらともなく背を伸ばしてどんどん大きくなっていき、とうとう人間の姿に化けてしまいました。

「やんのかてめぇ!」

「上等だごらぁ!」

 特攻服を着た若者の姿に化けた二人は、辺りに散乱していた廃材を掴み、互いに向かって振りかぶりました。ああ、このままでは大変なことになってしまいます。

 しかしその時。

「何やってんだてめえら!」

 鋭い声が広場の入口から響き、二人は思わず手を止めました。声の主はかなり高身長の男性のようでした。彼はずかずかと広場に入ってくると、二人の頭に両腕で拳骨を落としました。

「ってえ!」

「いてえ!」

「んなもんで殴ったら死んじまうだろうが!」

 突然やってきた男性に雷を落とされ、当然リーダー二人は男性を睨みつけます。

「ああ? おっさん誰だよ……まさかあんた!」

「まさか、あんたは伝説の!」

 警戒していたはずの二人は、男性の顔を見て顔色を変えました。

 月光に照らされた男性の顔には、ほっぺたにちょうど猫のひっかき傷のような跡があったのです。

「伝説の暴走族――『猫好きのハヤト』!!」

 驚愕に固まる猫さんたちの中で、むくっと起き上がった化田さんは、その男性に向かって能天気な声で言いました。

「あ、ラーメン屋のおじさんだあ」