「桜子ちゃん……」

「な、なんじゃ化田! 今更、何の用じゃ!」

 思わず身構える桜子先輩に、化田さんは勢いよく頭を下げました。

「ごめんなさい。俺、桜子ちゃんを怒らせちゃったみたいで……」

 素直に頭を下げられたことに拍子抜けしたのか、桜子先輩は身構えた姿勢のまま固まりました。化田さんは頭を上げながら、話を続けました。

「でも本当に桜子ちゃんの力を借りたかっただけなんだ。話を聞いてもらえないかな」

 そもそもこの一件はこちらが勘違いをしてしまったために起きてしまった事件です。考えようによっては化田さんも被害者になるのでしょう。私は桜子先輩に視線をやりました。

「桜子先輩、事情を聞いてあげましょうよ」

 桜子先輩も桜子先輩で、しょんぼりした様子の化田さんのことが可哀想になってきたのか、少し震えて考え込んだ後、ふんぞり返って言い放ちました。

「ふん! 聞くだけ聞いてやろう! だが貴様を許したというわけではないからな!」

「ありがとう、桜子ちゃん! 桜子ちゃんはやっぱり優しいねえ」

「なっ! 何を言うておるのじゃ!」

 これは放っておいたら長くなりそうです。真っ赤になった桜子先輩をよそに、私は化田さんに尋ねました。

「それで、一体どういった事情があるんです?」

「それがねえ……」

 のんびりとした口調で化田さんは語り始めようとしました。私たちは化田さんに椅子をすすめ、私たちもまた椅子に座ります。

「つい三日前の話なんだけどねえ、俺、深夜にコンビニでからあげを買って歩いてたら、野良猫にカツアゲにあってねえ」

「カツアゲ!?」

「野良猫に!?」

 思わず大声を出してしまいました。そんな野良猫に、よりにもよって野良猫にカツアゲですか。

「な、なっさけない奴じゃのう! 貴様本当におのこか!?」

「うん、ごめん……」

 化田さんはしょんぼりと肩を落としました。どうやら自分でも情けないことは自覚しているようです。

「それでねえ、囲まれて困ってるところを、ラーメン屋のおじさんが助けてくれてねえ」

「なるほど、それで恩返しをしたいと。そういうことですね?」

「うん、俺にはきっと大したことはできないだろうけど、せめてラーメン屋さんを繁盛させてあげられないかなあって。それで色々考えたんだけどなかなかいい案が浮かばなくて……」

 ぼそぼそと化田さんの言葉はしりすぼみになっていきます。

「こうなったらいっそ自分でダシを取って新メニューに……」

 桜子先輩は、化田さんの後頭部をばしーんと叩きました。

「アホか! 貴様の残り湯なんぞ、飲みたい奴がいるものか!」

「痛いよ、桜子ちゃん……」

「貴様がアホなことを言うからじゃ! このアホ!」

 バカバカバーカ! と小学生並の罵詈雑言を放つ桜子先輩をなんとか諌めて、私は尋ねました。

「それで、どうするんです、桜子先輩?」

 桜子先輩はぐぬぬ、と唇を尖らせた後、こちらをおそるおそる窺う化田さんに向かってふんぞり返りました。

「仕方ないから手を貸してやろう! 仕方がないからの!」

 それを聞いた化田さんはパッと表情を明るくして、桜子先輩に柔らかく笑いかけました。

「ありがとう、桜子ちゃん」

「うるさいうるさい! ただの気まぐれじゃ!」

 桜子先輩は顔を真っ赤にしながら腕を振り回します。もう、本当に素直じゃない方ですね、桜子先輩は。