あの暗くて深い暗黒の瞳は、マリーが触れたことのない世界を知っているだろう。

 だけどそれは、ウィルがもたらすキラキラとした世界ではなく、重くて暗い雰囲気しか感じられなかった。

 欝々とした感情をきついコルセットの内側に押し込めながら、マリーは母の表情から視線を反らした。


 私がフレイザー様の元へ嫁ぐことは、この家の繁栄のためにもなる。

 なにより、私を大切に育ててくれた両親への孝行だ。


 マリーは、幼い頃から言い聞かされてきたことが一番正しい、ということが心の根底にあり、やはりそれを疑えない。

 無知な自分がイベール家のために役に立てることは、このくらいしかないのだ。

 そうだとわかっているのに。

 ふと過るのは、彼の言葉。


 ――『愛しているよ、マリー』


 初めて自分に男性というものを意識させたウィルの顔が、息苦しい胸の奥の方で温かなときめきを生ませる。

 フレイザーがここへ訪れることを聞いた彼は、いったいどう思っただろうか。

 きちんと断りもしないまま置き去りにしてきたウィルのことが気がかりでならなかった。