王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う

 エレンはもちろんのこと、それを望んでいた両親だって心から喜んでくれるに違いない。

 長年に渡るイベール家の念願が、まさに叶うかもしれないのだ。

 自分でさえ今聞かされたことが吉報であるとわかる。

 それなのに、マリーの心は重く混沌に沈むようだ。


「これは逃してはならない絶好の機会です!」


 エレンの嬉々とした表情に、自分に期待されるものを見る。

 その期待があまりにも重くて、少しでもそれから目を背けようと後ろを振り向いた。

 その先でたたずむウィルの存在に、たまらないもどかしさと後ろめたさが過る。


「ウィル……」


 エレンに捕まっている手は、ウィルに向けて助けを求め伸ばすことは出来ない。

 それはまるで、生まれる前から決められた運命からは逃れられないとでも知らしめられているよう。

 それでもサファイアの瞳は、いつになく頼もしい眼差しでマリーを見つめ返してくる。

 胸をときめかせるその眼差しが、マリーの心にあるひとつの思いを芽生えさせた。