王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う

「ウィル……」


 それに呼応するように、胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。

 それが何なのかわからなくて、マリーはただ小さく彼の名を口にすることしかできない。

 どくどくと脈打つ心臓に、顔も身体ものぼせるように熱い。

 恥ずかしいのか嬉しいのか、自分でもわからない感情に瞳を潤ませていると、長いようで短く感じた音楽が終わった。

 片手を繋いだまま互いに礼をする。

 まだ彼といたいと思いながらも、はらりと掌は解かれてしまった。

 切なく胸が締めつけられるのを感じているマリーの後ろから、彼女の名を呼ぶ声に振り向いた。


「マリーアンジュ? 今のは誰なの?」


 怪訝に眉をひそめた母は、マリーと一緒に踊っていた彼のことを聞いてくる。

 マリーが振り向かせた顔を戻すと、そこにはもうウィルの姿はなかった。