王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う

 黒のジャケットは縁に細やかな銀の刺繍が施されていて、合わせて履く細身のズボンとともに、とても上質な衣装だとわかる。

 いつもの剣術の稽古の帰りとは違い、他の紳士と同じように、いやそれ以上に輝いて見える。

 足元のブーツがきちんと磨かれているところを見ても、ウィルがただの騎士見習いではないことは一目瞭然だった。

 初対面を装い、彼が口にした名前はきっと偽名なのだろう。

 もう何年にも渡って密会を続けてきた彼の、違和感だらけの挨拶。

 そこにはきっと、後々マリーの不利益にならないような心配りがあるのだろうと彼女は察した。


「わたくしでよければ……」


 おずおずと誰にも取られることのなかった華奢な手を差し出すと、ウィルは嬉しそうに目を細めてマリーの手を取った。