帰りたい、と涙の滲んだ目をぎゅっと瞑ると、


「レディ?」


 ドレスの裾野のそばに、綺麗に磨かれた黒革のブーツが、カツンと踵を鳴らして立ってきた。

 初めて男性に声をかけられたという驚きに、心臓がどきりと飛び跳ねる。

 心細さに潰れてしまいそうだった心臓は、持ち直すことも出来ずに恐怖に怯える。

 けれど、声をかけられたからには不躾な態度は失礼に当たると、マリーはおずおずと顔を上げた。


「一曲、お相手願えませんか?」


 そう言いながら、白い手袋を履いた手を差し出してきた男性。

 優しく微笑む彼に、マリーはエメラルド色の瞳を大きく見開いた。

 黒く艶やかな髪は、いつもと違って後ろへと流されていて、こめかみに垂れる後れ毛がさわやかだった彼に色気を挿している。

 サファイアの瞳が真っ直ぐマリーに向けられ、彼女からの返事を待っているようだ。