「これはこれは、イベール伯爵。夫人もご機嫌麗しゅう」


 フレイザーは父に頭を下げてから、母の手袋をつけた手を拾いそこに軽く口づける。

 両親に挨拶をし、姿勢を正した彼は続いてマリーに視線を寄越してきた。

 正面から見据えてくる瞳の深い暗さに、マリーは寒気を感じてびくりと肩を揺らした。


「お、お初にお目にかかります。イベール伯爵家の娘、マリーアンジュでございます。
 本日はお招きいただきありがとうございます」


 マリーは動揺しながらも母にならい、ドレスをつまみ姿勢を低くして、教え込まれた通りの挨拶をした。

 けれど低く頭を垂れたまま、挨拶を終えても顔を上げられなかった。

 今見たフレイザーの眼差しの暗さに、なぜだか恐怖を感じたからだ。


「……マリーアンジュ」


 そんな不躾な娘を諫める母の小声に、フレイザーは口元だけで薄く笑んだ。