人の合間を縫い辿り着いた広間の最奥では、長身の男性がグラスを片手に周囲と談笑している。

 ひときわ目を引くように感じたのは、笑みを振りまくその人物がたくさんの人に囲まれていたからだ。


「フレイザー様、ごきげんよう」


 別の人と話を終えた彼に向かって、父はすかさず声をかけた。

 こちらへ振り向きざま、首をかしげて癖のある茶色い前髪を払った裾野から、黒曜石のような瞳が覗く。

 細身だけれどしっかりとした身体つきに、足先までの黒の衣装がその長身を包む。

 丁寧に毛を織り込まれた上質な暗いえんじ色のジャケットは、彼の近寄りがたい雰囲気を助長していた。

 その紳士こそが、齢三十二を数えるフレイザー・アンダーソン。

 大公爵の位を継承した紳士で、両親がマリーを嫁がせようともくろむまさにその人物だ。