王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う

 赤い夕陽を背に姿を現したのは、圧倒的な威圧を醸した黒の紳士。


「お兄様!」


 嬉しそうに声を上げたエルノアの言葉に、マリーはさらに目を剥いた。

 黒馬から降り立ち、エルノアが兄と呼ぶ彼は、フレイザー・アンダーソン。

 エルノアは駆け寄り、甘えた声でフレイザーに訴えた。


「お兄様っ。ウィリアムがわたくしとは結婚しないなんて言っているのっ」

「落ち着きなさい、エルノア」


 おいおいとすがるエルノアとたしなめるフレイザー。仲睦まじげなふたりは兄妹だったのだ。

 そして、大公爵家の令嬢との婚姻話が持ち上がるほどの身分らしいウィルを、マリーは震える瞳で見上げた。


 ……ウィルは、いったい……誰なの……?


 驚きの連続で思考が追いつかないマリーは、口に出せない思いを視線に込める。

 下から仰ぎ見るサファイアの瞳の青年は、フレイザーを真っ直ぐに見据えて厳しい表情をしていた。