誰も知らない彼女

左足が空を舞った直後、私の体はアスファルトのほうへまっさかさまに落ちていった。


もう悲鳴なんて聞こえない。


自然が奏でる音すべてが私の耳に届かなくなった感じがする。


死にたくないと思っていたときとは違う、新たな体験をした。


それがまさか飛び降りて死ぬ直前だったとは予想していなかったけど。


だけど、心残りはひとつもない。


私が死ねばすべてが終わるのだから。


肌と髪に触れる風がだんだん強さを増していき、目が開けられないほどの強さになる。


これでいいんだ。


死ぬ前に冬の景色を目に焼きつけるのは、正直嫌だったんだ。


病室から飛び降りて死ぬことで、榎本抹里という人間がこの世から完全に抹殺されるのだ。


心残りは全然ないから、たぶん死んだあとの魂はこの世に残らないと思う。


と、そのとき。


頭の中で聞き覚えのある声が聞こえた。


『抹里、私の相談に乗ってくれてありがとね!』


由良の顔が浮かんできた。


『私が抹里のこと守ってあげる』


秋帆の顔が浮かんできた。


『抹里ちゃん、やっぱり頼りになるね』


いっちゃんの顔が浮かんできた。


『俺は抹里のこと、人間として好きだな』


悠くんの顔が浮かんできた。


『ずっと一緒にいてほしい』


そして、私に向かって手を差しのべる磐波さんの顔が浮かんできた。