誰も知らない彼女

病室に人の気配を感じなくなったと勘が告げたと同時にベッドから降りた。


ベッドのすぐ近くに置いてある私のものらしき靴をはくことなく、真っすぐに窓のほうに歩み寄る。


隣室になるべく音が聞こえないように、窓をゆっくり開ける。


窓を開けたと同時に、肌や髪を撫でる風が室内にぶわっと入り込み、思わず目をつぶって、両腕で顔をガードした。


顔をガードしてもべつに意味はないが、反射的にそう動いていた。


だけどいつまでも風に抵抗している場合じゃない。


お母さんが病室に帰ってくる前に、ここから飛び降りないと。


慌てる気持ちを全力でおさえて、窓のさんに右足を乗せる。


そうすると、下に広がる景色が鮮明に見えた。


病室の真下に木は植えておらず、あたり一面アスファルト。


これなら間違いなく死ぬだろう。


ふっと鼻で笑い、さらに体を前に倒す。


もういつアスファルトに落ちてもおかしくない体勢になり、体がぷるぷると震えている。


心では死にたいと叫んでいるのに、体はまるでその気持ちを拒絶するかのように抵抗している。


でも、もうこれしか私には道がない。


死ね、私……!


『死ねよ、榎本抹里』


死ぬ前に私にぶつけた幹恵の言葉が頭の中でよみがえってくる。


うん、今から私はここから飛び降りて死ぬよ。


今度こそ、本当に死ぬんだ。


ギュッと目を閉じて心の中でそうつぶやいたあと、左足を窓の外に投げだした。