誰も知らない彼女

言ったあとで小さく舌打ちして後悔した。


聞こえないように放った言葉が、運悪く悠くんのお母さんに聞こえてしまったから。


「えっ? 抹里ちゃん、今なんか言わなかった?」


「……いいえ。なにも言ってません」


仕方ないから今の言葉は空耳だったということにしよう。


そうでもしないと『なんでそんなこと言うの⁉︎』と言われてめんどくさい事態になりそうだし。


ふぅ、と息を吐いた直後、悠くんのお母さんが目を見開いて私をじーっと見つめた。


なんだろう。


「……なんですか?」


「気にしすぎかもしれないけど、なんか今日の抹里ちゃんの様子がおかしいって思うのよね……。私の目が疲れてるのかしら」


首をかしげて思ったことをそのままぶつけた私に言葉を返した悠くんのお母さんが、片手で頭を支えながら眉間にシワを寄せた。


やばい。まためんどくさいことになりそうだ。


本当は大丈夫ではないけど、とりあえず悠くんのお母さんには大丈夫だと言っておこう。


「それはきっと気にしすぎだと思いますよ。私が急におかしくなると思います?」


ニコッと安心させる要素を取り入れて微笑む。


その私の言葉を完全に信じているのか、悠くんのお母さんは慌てて表情を笑顔に変えた。


「そ、そうよね。いきなり様子がおかしくなるなんてありえないわよね? やだもう、焦っちゃったわ。抹里ちゃんが精神不安定になるわけないのに」