誰も知らない彼女

私は幹恵を階段から突き落としてなんかない。


きっと警察官のひとりが『あっ……!』と言ったのは、幹恵が階段から転げ落ちていったのを見たからだろう。


気がついたときにはもう騒ぎになっていたから、私はその出来事につながりはない。


だから私はこう答えた。


「……いえ。あの人、私は知りません。命を狙われて殺されそうになりましたけど」


そう、幹恵との関係をなかったことにした。


だけどある意味、私は幹恵のことをほとんど知らないので、それは本当のことかもしれない。


不敵な笑みを浮かべて、自分が犯人だと自白していた幹恵。


憎々しげな気持ちを宿した瞳で私に『死ねよ』と告げた幹恵。


警察官ふたりに捕らえられながらも、私にナイフを向けて血走った目で殺そうとした幹恵。


それはまさに、誰も知らない彼女だ。


クラスメイトや友達でさえも見たことがない、本当の姿を見ているかのような気分。


悪魔のような素顔を幹恵がさらしたら誰もが驚く。


私だって驚いているもん。


グッとバッグを掴む手に力が入り、手汗がジトッと浮かぶのを感じる。


「えっ、そうだったの? でも、よかったね」


「……え? なんで『よかったね』なんですか?」


首をかしげて質問すると、その男の人はこの場面には似つかわしくない笑顔を見せた。