誰も知らない彼女

歩道橋に降り積もった雪にナイフが音を立てて落ちたと同時に、私はそっと目を開けて自分を引き寄せた磐波さんに視線を向けた。


「磐波さん……」


「抹里ちゃん、今まで助けてあげられなくて、本当にごめん」


磐波さんの姿が視界に映った瞬間、目から熱いものがこぼれ落ちた。


助かったんだ、私。


もう、死なずに済むんだ。


流した涙が雪に穴を作って消えたのを見届け、幹恵のほうに目をやる。


私に襲いかかってきた幹恵をこれ以上暴れさせるわけにはいかないらしく、さっきよりも強い力で体をおさえられていた。


再び抵抗をはじめる幹恵。


ここに来てまた襲いかかってくるのはやめて。


私は死にたくないから。


心の声が漏れそうになった直後、警察官のひとりの「あっ……!」と少し慌てたような声が聞こえてきた。


そちらのほうに目を向けると、そこにはおさえられていたはずの幹恵の姿がなかった。


その代わり、歩道橋の下ではザワザワと騒ぎ声が聞こえてくる。


なにがあったんだろう。


肩を優しく掴んでいた磐波さんの手を軽く振り払って急いで階段を下りる。


途中で滑って転びそうになりながらも、なんとか騒ぎの的までたどり着くことができた。


歩道橋の階段を下りてから数十メートル先が、騒ぎの的だった。