誰も知らない彼女

自分ではあまり意識していないだろうけど、磐波さんが怒鳴り声をあげたところで歩道橋の近くを歩いていた人たちがなにごとかとこちらを見てきた。


夜なので気づいた人たちがどんな表情をしているのかまではわからないが、こちらに目を向けていることはわかる。


だけど、そんなことなどおかまいなしに磐波さんが言葉の攻撃を続けた。


「あんたの両親がどんなやつだかわかんねぇけど、人殺したって自分が幸せになれるわけがねぇだろ! 階段上るときに抹里ちゃんを殺すっていう声が聞こえたけど、絶対に殺させない。抹里ちゃんはな、俺が心の底から好きだって思ってる子なんだよ! 人の大切な人の命までも奪う気かあんたは!」


「…………」


「誰かを殺してなにが楽しいんだよ! 大切なものを奪われた人の気持ちを考えたことがあるのか!」


「…………」


なにか口をすれば磐波さんに怒鳴り返されると思ったのか、目をそらして下唇を噛みしめる幹恵。


黙秘しようと決め込んだようだ。


しかしよく見ると、幹恵の目がわずかにうるんでいる気がする。


両親が殺されたが脳裏をよぎったからか、涙が目からこぼれ落ちそうだ。


その気持ちが、今の磐波さんの気持ちをシンクロしているのだろうか。


いや、幹恵は簡単に自分の行為を非だと認めないだろう。


最後まで自分の生き方を貫くはずだ。