誰も知らない彼女

甲斐先生と私に満面の笑みを向けたあと、ネネは私に「またあとで迎えに来るからね!」という言葉を残し、保健室をあとにした。


保健室に残されたのは私と甲斐先生だけ。


どうしたらいいものかわからず、その場で拳を握りしめながらうつむいてしまう。


なんて話しかけたらいいんだろう。


担任の先生や学年主任の先生なら何度も話したことはあるけど、副担任の甲斐先生とは一度も話したことがない。


拳にさらに力を入れる私に、甲斐先生がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「榎本さん……だよね?」


「……っ!」


さっきまでびっくりしていたとは思えないほどのおだやかな表情に大きな驚きを覚えたのか、半歩あとずさりする。


たぶんちゃんと面と向かって話したことがないからだろう。


大丈夫。


今ここにいるのは由良でも磐波さんでもなく、甲斐先生だから。


襲われることはいっさいないよ。


ましてや、今日はじめて顔を合わせた先生にはね。


うん、そうだよ。襲われるなんて絶対ないよね。


こくんと小さく首を縦に振った直後、先生が私の背中を優しくさすってくれた。


その瞬間、心臓が大きく跳ね上がる感覚がした。


この気持ちはいったいなに?


たしか、磐波さんと一緒にいたときも同じ感覚に襲われたような気がする。


もし今の気持ちが磐波さんへの気持ちと同じなら、私はほぼ初対面の甲斐先生に恋に近い感情を抱いていることになる。