誰も知らない彼女

クセになるようなその感触に酔ってしまいそうになる。


ここがどこかであるかも忘れるほどに。


私たちを包む真っ白な空間が、まるで私たちふたりを受け入れるかのようだ。


そしていつの間にか、私はその感触を受け入れて、磐波さんの上着の袖をギュッと軽く掴んでいた。


唇にやわらかな感触が触れた十数秒後、磐波さんの顔がゆっくり離れていった。


「……こういうことだよ」


さっきまで私の唇に触れていた口が、そう発した。


彼の表情をたしかめるために視線を動かすが、唇ばかりに目がいき、全身が熱くなった。


また表情を確認しようとすれば同じ結果になるだろうと思い、パッと視線を床の木目に落とした。


ダメだ。


今の私に、磐波さんの言葉の真意を読み取ることができない。


だったら、知らないままでいいか。


知らずにいたほうが幸せだと思うことも、ときにはあるし。


なんて思っていた直後、頭上からため息ともとれる息が耳に届いた。


「はぁ……わかってないなぁ」


わかってない?


磐波さんはきっと私の唇に自分の唇を重ねることで気持ちを伝えられたかと思っていたみたいだけど、私には伝わらない。


どんな気持ちを伝えたいのか、全然わからない。


だけどそう思ったと同時に顔がさらに熱くなるのを感じ、ほてった頬を冷まそうと手を当てる。