誰も知らない彼女

そのことになぜか安堵して、閉ざしていた目をゆっくり開ける。


顔を真っ赤にさせながらも真剣な眼差しでこちらを見つめる磐波さんの姿が視界全体に映った。


視界を覆う整った顔立ちにどんな目で見ればいいのかわからなくて、そっと視線を床に落とした。


真剣な顔で私を見ないで。


視線をぶつけたら、磐波さんに心の中で思っていることをすべて読まれそうで怖い。


心の中でぶつぶつとひとりつぶやいていると、不意に頭上で磐波さんの声がした。


「……あの日のことなんだけど」


彼が“あの日”と言った瞬間、自分の体がびくんと震えたのがわかった。


“あの日”がいつのことを指しているのか、私にはわかっていたからだ。


ターゲットになった由良をいじめることに夢中になって、私のほうに目もくれなかった秋帆たちを置いて、ひとりで帰ろうと思った日。


ゲームセンター近くにあったアイスワゴンに立ち寄ってアイスを買い、そこで悠くんと再会した日。


話を聞いてもらったあとに、磐波さんにその様子を見られて誤解を招いてしまった日だ。


記憶から引きずりだしたくなかったのに、その日の出来事が脳内で再生された。


その日のことは思い出したくない。


思い出したくないから、できればその話はここでやめてほしい。


空気を読んでここで終わらせてくれたら私もほっとするはずなのに、磐波さんの口から思っていたことを出してほしいからか、彼の次の言葉に期待している私がいる。