誰も知らない彼女

泣きわめく声が聞こえたのに、私は泣いていない。


なら誰が泣いているのか。


上の窓から顔を覗く秋帆が首を大きく左右に振り、泣いているのが誰かとわかったのは、私が秋帆に声をかけてから十数秒たったころだった。


「え……いっちゃん⁉︎ なんでいっちゃんが泣いてんの⁉︎」


いっちゃんが泣いている理由を今ここで伝えたらさらに騒ぎになると思い、秋帆にここまで来るように伝える。


そうなると最初から予想していたのか、私が想像していたよりも素直にうなずく秋帆。


「わかった! 今からそっちに行くからちょっと待ってて!」


右手をブンブンと大きく振ってみせたあと、秋帆は窓を閉めて走りだしていった。


秋帆の姿が視界から消えたのを見計らい、いまだに泣き続けているいっちゃんを落ち着かせる。


「い、いっちゃん、とりあえず落ち着いて! 今から秋帆が来るから!」


泣いていても十分に聞こえるようなボリュームでいっちゃんに今の状況を伝える。


すると、赤ちゃんよりも大きな泣き声で泣いていたのがまるで嘘のようにいっちゃんが涙をふいてこちらを見る。


彼女の気持ちの切りかえにびっくりするが、泣いていた間にあったことをあれこれと慎重に言葉を選んで話した。


慎重に言葉を選んだおかげか、いっちゃんの表情が少しやわらいだ気がした。


それは一瞬だけだったから気のせいかもしれないけど。