隣に座っているおじさんは何も言わないでただ見下ろしてきているだけ。
奥底に沈んでいた幼少期の大事な記憶。あまりに今を生きすぎていて忘れていたもの。
「日光に行くと父と母の笑顔が見れたから…私は、絵を………描き始めたんです」
私にとって絵は生きる一部だった。
ああ、そうだ。私の人生から絵を取り上げてしまったら何も残らないくらいに、没頭したことの一つだった。
「働きづめで安らぎの少ない父と母に、日光の風景をいつだって見せてあげたかった」
「…」
「これを見れば────…彼らは笑顔になってくれると、思ったから」
ガタンゴトン……。
依然として電車は揺れていた。途中で何駅か通り過ぎた気もする。
景色は依然として田舎風景だったけれど、物理的な移動距離は結構なものになっただろう。
そして思う。どうでもいいようなことを赤の他人にベラベラと話してしまった…と。
こんな話誰が聞きたいだろう。
人が良さそうなおじさんだから、最後までしっかり聞いてくれて…、謝ろうと思って横を向いた時に私はその動きを止めてしまった。
「……すま、ないっ……」
────おじさんの頬に涙が伝っていたからだ。
