「私の家、あまりお金がなかったので、遠出するとしても日光くらいしか行けなかったんです。ほら、新大平下駅からだと鈍行でも1時間ちょいですし、普通列車の代金だけでもぜんぜん申し分ない旅ができるじゃないですか」
「そう、だね…」
「私はそれだけでもすごく幸せでした。他の子が東京に行った〜だとか、大阪行った〜だとか、そんな話をしていても何も思わなかった」
「…いい子だね、君は」
「そうですか…?私はただ嬉しかっただけです。感謝をしていただけです。尊敬する母と父と一緒に何処かへ行けるのなら、私はそれだけで十分だったんです」
チラリ、と視線を正面に寄せれば、ハルナさんは窓の外を眺めている。
丸眼鏡を光に反射させ、物憂げなような表情は歳相応な大人っぽさを醸し出している。
「大谷川を眺めて口をあんぐりと開ける私に、よく父がウンチクを話してくれました」
「ハハ、僕みたいに?」
「ああ、そういえばそんな風に!物知りな父に尊敬の眼差しを向けていたなあ…。東照宮に入ると徳川家の歴史を話してくれた。難しくて当時の私には理解できなかったんですけど、おかげで社会の点数はトップクラスでした」
