「……そんなっ……」
大きく首を振った。ヨータがいくら気にしなくてもいいと言ってきたとしても私は自分を許すことなどできないのだろう。
ヨータが一番キツイ時に私はなにもできなかった。
3年もあったらいくらでも支えてあげられたはずなのに、なに一つできちゃいない。
「……ごめんっ……ごめんっ」
「違う。いろはからはたくさん貰った。俺はたくさん救われた。それに、いろはも一緒に闘ってただろ?」
「……私はっ…なにもっ」
「闘ってた。一緒に。親父さんから聞いてたから。いろはは、日中は意識もなく、もぬけの殻になっていたけど、寝ている時だけは人間らしく泣くんだって。"ごめんなさい"って、夢の中で苦しそうに謝っていたんだって」
「…っ」
「いろははさ、見えないところで一生懸命闘ってたんだ。だから、いろはの記憶が戻るその時まで、なんとしてでも命を尽きさせやしない。いろはの記憶が戻るまでに10年かかるっていうのなら、俺は寿命をあと7年引き伸ばしてやるって、強く思ってた」
ポタポタと涙が落ちるのを、ヨータは優しく拭ってくれる。
その一つ一つが愛おしくて苦しい。切なくて吐きそうだ。
私はきっと、ずっとこの時を待ってた。ずっとヨータに会いたくて仕方がなかった。
「もちろん、俺だけじゃなく、いろはのご両親も、藤江先生も、エリもサトルもずっと信じてた。記憶のないいろはに向かって何度も声をかけていたし、時折絵も持ってったりして」
「……私は、それでも思い出さなかったの?」
「うん。どの方法も効果がなかった。だからさ、今日はみんな相当泣くのを我慢してたと思うよ。怪しまれないようにとあくまで他人のふりをしてたけど、結局ちょいちょいボロが出てた」
そうだ。ヨータだけでなく、彼らがいたから私は少しずつ記憶を取り戻していった。
とんでもない苦労をかけた。
存在を無視されることは酷なこと。"おじさん"だと思っていたお父さんが哀しそうに言っていたことを思い出す。
……本当にそうだ。だって彼らはみんな涙を流して降車していった。
本当なら切り捨てられてもおかしくない状態だったのに、それでも見離さないでいてくれた彼らに感謝しなきゃいけない。
お父さんにも、藤江先生にも、エリにもサトルにもあとで自分からお礼を言いに行かなきゃいけない。
「……いろはを苦しませた原因は俺だ。絵描きとしての将来もあったはずのに、貴重な3年間を奪ってしまって、潰してしまって、殺してしまって、……ごめん」
頬を包む指が震えていた。きっとヨータはこれを気にしていたんだ。
声を掠れさせている彼は切なげで、苦しげで、そんなヨータもまた現実を見るのが怖かったのだ。
ああ、あなたはどこまでも優しい人。
私なんかよりもずっとずっと強い人。
「………ありがとう。私に手を伸ばし続けてくれて、本当に……ありがとうっ…」
「……いろは」
「…もう逃げない。この先、例えどんなことがあったとしても、強くあり続けてみせる。3年なんてあっという間に取り返してみせる。だから、ヨータこそそんな顔、しないでよ」
