全部、
"いろはっ……"
全部、
"俺を見てっ……"
──全部、
"お願いだからっ……"
都合よく、消し去った。
………
「………あぁっ…、」
私は、項垂れるようにむせび泣いた。
思い出した。全部、分かった。
私はなんてことをしてしまったんだろう。一番しんどいのは誰だった?あの時、誰よりも胸が痛かったのは誰だった?
「期限が来る前に、どうしてももう一度"いろは"に会いたかったんだ」
それは、ヨータだ。
────2017年。
あれから確実に時は過ぎ、彼は今こうしてボックス席の正面に座っている。
一緒に前に進もうと手を差し伸べてくれたのに、私はそれを振り払った。
高校2年の夏、彼に、強い心で前を見据えてほしいと願ったのは誰?
高い壁にぶちあたったとしても、朽ちない翼で何処までも羽ばたけるのだと勇気づけたのは誰?
あの日、強くあらねばならなかったのは私だったのに。
「…ヨータっ……私っ……!」
私はとんでもないことをした。
なんで逃げたんだ。
なんで目を背けてしまったんだ。
時間は有限なのに。
1秒たりとも無駄にしてはいけなかったのに。
「残されていたのは3年だけだったのにっ、私は、その時間を全部台無しにしてしまったっ…」
後悔の涙なんて今更遅すぎる。
贖罪をすべきは私の方だ。ヨータが必死に病と闘っているあいだ、私はなにもしていなかった。
彼のことも全部忘れて、一人のうのうと息をしていた。———私だけが。
「ごめん、なさいっ…」
"ごめんなさい……"
きっとヨータは私に何度も声をかけてくれた。こっちに戻ってこい、と何度も呼びかけてくれたはずなのに、私はそれすら受け入れない。
3年経ってしまった。失ったものを取り戻す時間すら、もう、残ってないだなんて。
「いろは、泣かないで」
「だってっ…」
「なにも気にしなくていい」
「ヨータっ」
「もうなにも…言わないで」
頬を伝う涙を拭う。彼の匂いがふ、と近くなったと思ったら、唇に柔らかいなにかが触れていた。
こんなの、ずるい。余計涙が止まらなくなってしまったじゃないか。
「……やっと、君に会えたんだから」
困ったように眉を下げるヨータは私の顔を覗き込んで小さく笑った。
