ナミダ列車








みんな私がよく知っているはずの人物だった。ヨータも、お父さんも藤江先生もエリもサトルも私に会いに来てくれたんだ。




「いろはの3年間は、もぬけの殻そのものだった」

「……っ」

「日常的な生活は難なくできた。物をどう使うのか、だとかそういった長期記憶はそのまま保持されていたけれど、一定の記憶と短期記憶だけは機能していなかった」

「……っ」

「いろはに明日はこなかった。高校3年生の"今日"で記憶は止まってる。大事な記憶を、過去に置き去りにしたまま」






私は、大事なものを全部忘れてた。



「俺、行ったよね。今回にかけてるって」

「…ヨータっ」

「本当だよ。あれから3回目の"今日"が特別な日なんだって、いろはは潜在的に覚えてた。だから電車に乗ろうとした。人形のように空っぽになっていたいろはが、はじめて意思を持ち、自分からアクションを取った。きっかけを掴みに行こうとしたんだ」

「…わた、しっ」

「逃したくなかった。ここだって思った。できることはなんでもやる。だから、俺も同じ電車に乗り、おじさんや、藤江先生、エリやサトル…いろはと関係が深かった人たちに協力を仰いだ」





次々とボックス席に座ってくる人たちを黙って受け入れていたのは、そういうことだった。

あくまで私とは他人のふり。私はヨータにも彼らにも酷なことをさせてしまった。

本当は21歳なはずなのに高校生であると振る舞う私は、彼らにどのように映っただろう。





「少しずつ少しずつ、忘れ去っていたいろはの核にせまる」

「……っ」

「タイムリミットは1時間5分」

「…っ、」

「3回目の"今日"。可能性があるとすればこの日だけ。すべてはこの日に賭けるしかなかった」

「……ヨ、タっ…」





私はあの日、言いたいことがあった。

伝えたいことがあった。





一緒に夢を追いたい。

新しい形がきっとあるはず。

いつも私を支えてくれたヨータ。夢をイキイキと追っていたヨータ。一度大きな壁にぶち当たったとしても前を向き続けたヨータ。


……大好きなヨータ。

可能性なんてまだまだある。それを私と一緒に見つけてゆこうって伝えたい。






「どうしても、なんとしても、いろはの記憶を取り戻さなきゃ。悪あがきだとしても、無茶だとしても、ギリギリまで手を尽くしたかった」


────あなたが好きです、と。










あなたとの未来への手綱を、今度は絶対に掴み損ねない。心からそう願ったのに。








「────俺のタイムリミットが、もう目前まで迫ってるから」