話は終わったとばかりに、クリスティーナは彼の横を通り過ぎる。すれ違いざまに、クリスティーナにだけ聞こえる声で、ギルバートが囁いた。

「それでも俺は、自分のすることを間違いだとは思わねぇ。ジゼル様のためにも、あなたのためにも」

「…」

クリスティーナは、振り返らない。

「あなたは、なぜ国王を憎まない?」
そんなクリスティーナの背中に、彼は意を決したかのように、問いを投げかけた。
クリスティーナは足を止め、顔だけ振り返る。

彼女は深窓の王女らしく無邪気な笑顔を浮かべて、可憐に小首を傾げた。

「なぜ?私は聖女です。人を憎む心などありませんわ」
汚れなき瞳。
時それは彼女自信の言葉か、それとも聖女の仮面をかぶった偽りの言葉か。ギルバートには、目の前にたたずむ少女の考えが見えなかった。

だから黙って、どんどん遠く小さくなる少女の姿を見つめることしかできなかった。
その姿を、ギルバートはどうしても“あの方”と重ねてしまう。