【桜井実華】
「実華先輩!!」

その声は廊下から聞こえてきた。

朝からなんの騒ぎだ、と思いながら廊下に出ると、そこには愛佳が立っていて、すごく慌てている様子だった。

「実華先輩!赤坂先輩と美術館に行ったっていうのは……」
「ちーがーうーかーら!そういうのじゃないから!」

愛佳が全て言い切る前に、思いっきり否定をした。

また誤解されるようなことしちゃったよ……

「翔くんの代わりとして行っただけだから。本当に本当だから。だから心配しないでね」

やっと落ち着いたような顔を見せた愛佳を、教室に返そうとすると、また口を開けてしゃべり始めた。

「十四日!バレンタインデーですよね。赤坂先輩にチョコ、渡しますか?」

少し震えながら、ウルウルした目をして聞いてきた。

どうだろう……

今までお世話になったということで、"義理"として渡すかもしれない。いわゆる"義理チョコ"。

「"本命"じゃなくて、"義理"で渡すかな」
「ぎ、義理……」
「愛佳は"本命"だよね?」

その瞬間、ピクリと肩が跳ねさせて、顔を真っ赤に染めていた。

「は、はい……でもどうやって渡せばいいかわからなくて……」

もしかしてそれを聞きに来たのか……

私は好きな男の子にチョコをあげたり、告白したりなんか、一度も経験がない。

だからアドバイスなんてできるかわからない。

けれど、赤坂のことならよく知っている。

力になれるかな……

「あの人は普通に渡されるのを、好むと思う。変にムード作られたりするの、あんまり好きじゃないかも」
「普通、ですか」

本命だと、普通に渡すだなんて、きっとそれだけでも緊張してしまうのだろう。

だけど、それが一番合っている気がする。

「私、緊張してチョコより先に溶けちゃうかもしれません……」
「何言ってんの」

もし溶けちゃったら、それは誰の責任になるのよ。

それを真面目に言っている愛佳が、また面白い。

「私、応援してるから。あ、それと愛佳にも"友チョコ"、あげるね」
「いいんですか!私も作ります!」

恥ずかしそうだったけど、どこか嬉しそうなそんな笑顔。私はそんな愛佳の笑顔が大好きだった。

愛佳にもきっと色んなこと教えてもらったんだよね。

感謝の気持ちも込めて、チョコ作らなきゃ。