溜息を堪えて伏せた視界の中に、ガラスの小皿に乗せられた大きなブドウが3粒、コトリと置かれた。
「じゃれ合うのは結構だけど、お友達のことも考えてあげてね。これはサービスだからよかったら食べて」
ちょっとイタズラっぽく笑って、ママは別のテーブルに向かう。
「ありがとうございます!いただきまーす!」
まさにブドウの蔓が絡まり合ったプリントワンピースの背中に、慌てて声を掛けた。
大ちゃんが予約してくれたここは、〈スナック〉と名乗っているから少し警戒したのだけど、気さくなママとその旦那さんだけで切り盛りしている、とても居心地のいい小料理屋みたいなところだった。
「せっかくだからみんなで一つずついただこうよ」
一つとって小皿を里奈と大ちゃんの方に押しやる。
「菜乃、ごめんね」
「誘ったの俺なのに悪かった」
ブドウは甘くて種もなくて、一粒でもものすごく満足感があった。
「おいしい!」という意味を込めて笑顔を向けると、場はとてもなごやかに落ち着いた。
ママには本当に感謝しかない。
里奈とは大ちゃんを通して知り合った。
彼女は隣の市の出身で、そこから大ちゃんと同じ(つまり「千隼」とも同じ)高校に通っていた。
「友達だ」と紹介されて一緒に遊ぶようになったけど、今思えばいいようにダシに使われていたのだと思う。
幼稚園から一緒でよく知っている大ちゃんの表情が、里奈を見る時だけ明らかに違うと知ったのもその時だった。
里奈には当時、大ちゃんとは違う彼氏がいたけれど。
「菜乃は看護師してるんだと思ってた。今は市役所で働いてたんだね」
幼稚園から一緒の人たちがみんなそう呼ぶから、里奈も当然のように「菜乃」と呼ぶ。
だから私も「里奈」と呼ぶのが自然な流れだった。
「大学卒業後は2年間看護師してたんだけど、地元市役所で保健師の募集があったから受けたの。だからまだまだ新人だよ」
「千隼は都市計画課だっけ?菜乃と接点あるの?」
「フロアも違うしすれ違う程度だよ。業務は全然関わりない」



