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何層にも何層にも重ねられた出汁巻き卵をじっと見つめながら、使われている材料を想像してみる。
卵、出汁、万能ネギ、塩と胡椒は入っているとして、少し甘いのはみりんかな?
それともはちみつ?
三温糖みたいなちょっと特殊な砂糖かもしれない。

しっかり火は通って生っぽくはないのに、焦げ目もなくしっとりしている。
本当に本当においしい。

こんな風に意識を集中させなければならない環境じゃなければ、きっともっとおいしいに違いない。

「だから『ごめん』って言ったじゃない。しつこいんだよ、大地は!」

「里奈は謝罪が軽いんだよ。伊藤さんの家のブドウがどれだけ高価かわかってんのか?市場にそうそう出回るものでもないんだ。それを全部腐らせて捨てるなんて本っ当に信じられない!だからいつも冷蔵庫の整理はしとけって言ってるのに」

「つぶれないように大事に小さい方の引き出しに入れてたの!いつもと違うところにしまったからつい忘れちゃって。だけど見逃したのは大地だって同じじゃない。私ばっかり責めないでよ」

「あんなところに入ってるなんて思わないから、里奈が全部食べたと思ったんだよ」

「私が一人で食べるわけないじゃない!大地と一緒に食べようと思って取っておいたんだから!」


残業して30分遅れてきたけど、むしろ逆効果だったかもしれない。
お酒が入った二人の仲の良さを見せつけられただけだった。
『おいしいブドウを里奈に食べさせたかった』大ちゃんと、『大地と一緒に食べたくて大事にしまっておいた』里奈。
少しすれ違っただけで想いは一緒。

手持ち無沙汰で飲むビールはおいしくない上になんだか変に酔う。