「子どもの頃は私も早起きでした」

「遮光カーテンじゃないせいかな?日が昇ると起きちゃうんです」

「私も遮光カーテンって苦手です。せっかく明るいのを暗くするってなんだか嫌で」

「だけどこっちが寝てても顔を叩いて無理矢理起こされるから堪らないです。もう絶対買い換える!」

佃さんは胃の中に溜まった〈ウンザリ〉を残らず吐き出すように、深い深い溜息をついてみせる。
けれど本気ではないとわかっているから深刻さは感じない。

「でも可愛いんですよね?」

この場合、悪口や文句も愛情でしかない。
そんな人を私はよく知っている。
大ちゃんはいつも里奈の悪口ばかり言うから。
どんなに眉間に皺を寄せても「可愛くて仕方ない」って気持ちが透けて見える。

「うふふ、まあ、そうですね。保育園頑張ってるから余計に」


子どもを産んでいないどころか結婚すらしていない保健師に不信感を露わにする母親も少なくない。
ちゃんと学校も卒業して知識もあるし、少しずつ経験を積んでいても埋めようのない大きな欠陥を感じてしまう。

まして、私は〈それ以前〉だ。

傷ついて泣いた日々も、忘れようともがいた日々も、もう遠い。
ジクジクという慢性化した痛みを抱えて、諦めることを諦めて、こうして地元に戻ってきたのだから。

私にできるのは今目の前のことに集中して生きることだけ。
佃さんのようなバタバタした、それでも幸せな朝はまだまだ想像できない。


フロアを背の高い影が横切っていく。
車の鍵(恐らく公用車)を持っているからこれから現場なのだろう。

今夜は彼も一緒に行くことになったから夕食の支度はいらない。
毎日一緒に食事しているのに、外食は初めてだな、となんとなく思った。