ずしっと重くなったポットを持って課に戻る。
1階の一番奥にある〈子どもみらい課〉に、私は保健師として勤務している。
そこまでには市民課と税務課と健康福祉課と高齢福祉課の前を横切る必要があった。

「おはようございまーす」

すれ違う人みんなに挨拶をするけれど、挨拶が返ってくるのは良くて半分程度。
それも会釈がほとんどだ。
前の職場では当たり前に挨拶し合っていたから、出勤初日に無視されてビックリした。

「おはようございまーす」

それでも挨拶をやめないのは、ほとんど意地。
挨拶なんて人間の基本で、返さない方が悪いのだ。


子どもみらい課に着いてポットを置くと、臨時職員の佃さんが申し訳なさそうな顔をした。

「志水さん、すみません。ありがとうございました」

「いえいえ、佃さんの仕事ってわけじゃないですし、気にしないでください」

暗黙の了解で臨時職員さんが朝に清掃したりお茶の用意をしてくれているけど、これは純然たるサービス。
契約外のことながら慣習で続いているという、小さいようで難しい問題だった。

正職員とはいっても入庁して半年しか経っていない私がその好意に甘え切ってはいけないと思い、少し早めに出勤するようにしていた。

「佃さんはいつも何時に出勤してるんですか?」

「7時40分くらいですよ。息子を保育園に預けて真っ直ぐ来るとその時間になるんです。あの子、朝起きるのやたらと早くて」

げんなりとした声同様、表情にもすでに疲れが見える。
自分一人ならパンをトースターに放り込めばいいし、洗濯だって週末まとめてしてもいい。
洗濯して、家族の朝食を用意して、送り出して、自分も出勤。
すでに一仕事どころか二、三仕事終えているのだから当然かもしれない。