「最近、調子がいい」
一応箸も用意したのに千隼はお粥のスプーンでそのままギョウザをすくい上げた。
「私も。自分一人だと適当になっちゃうけど、ちゃんとしたご飯食べてると違うよね」
同意した私の言葉を千隼は肯定せずに、思いがけないことを言ってきた。
「俺、高校生くらいからずっと朝ご飯って食べてなかったんだ。重くて、胃が疲れる気がして」
「・・・・・・え?」
当たり前のように用意してきたこの2週間、千隼はいつも全部平らげてくれていたのに、ずっと無理をさせてきたのだろうか。
様々なところで朝ご飯の大切さは主張されているし、私たちもしっかり食べるように指導している。
けれど長年の習慣からどうしても合わない人もいるし、気持ち悪いのを無理矢理食べさせるのも違うと思っている。
「ご、ごめん。もしかして気を使わせてた?」
「そうじゃない。『調子いい』って言ったよ」
「でも胃が疲れるんでしょう?」
「最初はちょっと無理したところもあったんだけど、食べてみたら午前中の集中力が違うんだ。明らかに能率が上がった」
千隼は今日も食後のコーヒーまで全部残さず食べてくれた。
そして空になったお茶碗とお椀を重ねる。
「これからは簡単にでも朝ご飯は食べるようにするよ」
私の勝手でしたことが少しでも千隼の役に立ったなら、とても嬉しい。
けれど、『これからは』という言葉の中に『私がいなくなっても』という意味が明確に含まれていて、あと2週間すればこの生活も終わりなんだと、突きつけられた気がした。
「・・・うん」
胸の中に渦巻く色々な感情は結局言葉にはならず、ぽっかり空いてしまった口の中に冷めた卵粥をねじ込むように入れるしかなかった。



