お互い何も話さず黙々と洗い物を続ける。
最後の最後、フライパンを洗い終えた私は、タオルで手を拭いてから千隼に向かって言った。
「結婚してください」
ゴトッという音がして、千隼がココット皿を落とした。
「うわ!危ない!」
100円ショップで買った分厚いそれは、大きな音にも関わらず割れずに転がっていた。
私がそれを拾い上げても、千隼はまだ呆然としている。
「え?『折りをみて』って・・・」
「うん。『折りをみて』洗い物が終わったからプロポーズしました」
今無表情なのは、きっと感情の処理中なのだろう。
千隼の気持ちを読み取る技術は、日増しに上達していると思う。
「千隼は『いつか』の方がよかった?」
「『今すぐ』がいい」
ちゃんと返事がもらえるとやっぱり嬉しくて、ウキウキした気持ちで拾ったココット皿を棚にしまう。
「市民課の人、同じフロアだから顔見知りなんだよね。婚姻届提出するの恥ずかしいな」
「休日窓口で出せば?」
「婚姻届もらう時点で照れるよ。菊池さんにも嘘ついちゃったし困ったね」
そう言って見上げると、珍しくはっきり笑っていた千隼と目が合った。
そして私の上にふーっと影が差す。
月に雲がかかる時に似ていると、いつも思う。
暗いのが嫌いなのは変わらないのに、いつの間にか影が差すとつい笑みがこぼれるようになった。
私はその笑顔のままで目を閉じる。
何も見えない闇の中で、唇にはそっとやさしくあたたかな光を感じる。
千隼が与えてくれる影は、何より明るい私の光だ。
end



