ここにはいられない



「俺は菜乃が最後だから」

流れる水音でかき消えそうなほどの声で千隼が言った。
ちゃんと聞きたくて水を止めたけど、千隼は黙々とお皿を拭き続けている。

永遠の誓いというより、覚悟だと思った。
それを『二人にとって最後』と相手にも求めるのではなく、『俺は』というところが千隼らしくて、つい笑ってしまう。

「ありがとう」

簡単だけど他に代わる言葉はない。

また洗い物に戻ると、今度は更にモゴモゴした声で歯切れ悪く千隼が言う。

「俺は菜乃と出会って、好きになって、想いが通じて、ずっと一緒にいたいって思ってるから。だから今すぐじゃなくていいんだけど。いつか・・・もちろん、今すぐでもいいし」

何かものすごく大切なことを言われている気がして、再び水を止めた。
千隼は白地に青いラインで縁取りされた小皿に向かって、真剣に話す。

「確かに色々面倒みたいだけど、俺は菜乃が真っ白なドレス着て、笑って俺のところに来てくれるなら、面倒事は全部引き受けてもいい。だから、菜乃が、好きな時に・・・」

こんな時でも無表情なのに、緊張はしているようだ。
小皿をしつこくしつこく拭いていて、きっとそのうち割れてしまう。
それでもモゴモゴしたまま一番肝心な単語はとうとう言えず、私の反応を待って小皿を握り締めていた。

「じゃあ、この話は折りをみて、また」

普段からは考えられないほど長々と、不器用に話す様子があまりにかわいいので、つい悪戯心がうずいてそう言った。
千隼はがっかりしたように息を吐いたけど、ノロノロとお皿拭きを再開する。