「キスひとつくらいで心が狭いって思うだろ」
拗ねたような声で言うから、間髪入れずに首を横に振った。
「思わないよ」
「大地だから嫌なんだ。いや、他の男でも嫌だけど」
「うん」
「菜乃は大地のところに戻るんだと思った」
「『戻る』なんて、最初からそんな場所ないよ」
「ずっと大地だけを見てきた場所のこと」
もう身に馴染んだ心の置き場所を思い出す。
時が経っても、環境が変わっても、そこだけは安定していつも同じ薄暗さを保っていた。
ぶるりと震える。
二度と戻りたくないと思ったから。
遠ざかってしまうのが怖くて、二度と離れないつもりで千隼のシャツにぎゅっとしがみつく。
「私はもう、ここ以外にはいたくない」
ここ以外のどこにも私の居場所なんてない。
力強く優しく、千隼は私を抱き締めてくれる。
何度経験しても落ち着かない場所だ。
ドキドキと心が痛いのに、大ちゃんを想う冷えた痛みとは違う熱い気持ち。
受け入れられずに逃げ出した想いは、今では溢れて溢れて抱き締めたくらいでは足りなくて。
やっぱりどうしても居心地は悪い。
「・・・本当に、キスだけ?」
落ちてきた言葉に顔を見上げると「ああああ、やっぱりいい」と目を逸らして即座に取り下げられた。
「別に浮気っていうわけじゃないし、過去のことは・・・気にはなるけど、だからって菜乃への気持ちが変わるわけじゃないし」
「キスだけだよ」
続く言葉はあまりに恥ずかしくて千隼の胸に顔を押しつけて言った。
「・・・それは、ちゃんと証明できるから」
ファーストキスだったことは言わないけれど。
だけど大ちゃんとそれ以上何もなかったことはちゃんと証明できる。
千隼にだけは証明できるはずなのだ。
あまりに恥ずかしくてどうしようもないくらい顔が赤くなっていたけれど、千隼の反応が知りたくてそっと見上げた。
すると、顔を手で覆っても隠せないほど千隼も顔を赤く染めていた。
「そんなこと言われると、我慢するの辛くなる」
「・・・うん」
千隼の胸に再び顔を押しつけて、くぐもって聞こえないほどの声で思い切った。
「我慢しなくていいから、確認してください」
返事は聞こえなかったけれど、伝わったことはわかる。
その証拠に顔をそっと持ち上げられて、私の上にやさしく影が差した。
包み込むように。
全てから守るように。



