ここにはいられない


自分の話題なのに彼はホッケの骨を丁寧に取り除いていて、一切関わろうとしない。
私はそれを指摘できないけど、里奈は持っていたおしぼりを投げつけた。

「千隼!あんたの話してるんだよ!本っ当に愛想ないのも変わらないね。それで市民を相手に仕事して怒られない?」

眉ひとつ動かさずにおしぼりを受け取ってテーブルに置き、再びホッケに向き合う。

「仕事はちゃんとやってるよ」

「あ、俺見たことあるよ。千隼が猫かぶって仕事してるところ。ちゃんと社会人なんだなって安心した」

「へえええ!意外~!今度市役所行ってみようかな。用事ないけど」

「用事ないなら来るな」

確かに普段は無愛想で近寄り難くて、変な緊張を強いられるけど、彼の仕事はきっと丁寧だ。
部屋に転がっていた書類を見てしまったのだけど、ひとつひとつの文書も作り込まれていたし、添付資料も細やかだった。

いつだったか玄関ホールで座っている人と話している姿を見かけた時も、自分はしゃがんで目線を合わせていたし、表情だって声だって意識的に柔らかくしていた。
そうすることも「仕事」と思っているんだと思う。


「菜乃。千隼はこんな奴だけどさ、根は優しいから何かあったら頼れよ。課は違っても同僚なんだから」

「うん。そうする」


彼が優しいことはよく知っている。
今朝、給湯室のドアを開けてくれただけじゃなくて、会議資料の詰まったダンボールを運んでくれたこともあったし、会場の後片付けを手伝ってくれたこともあった。
遠慮しても「階段をフラフラ歩かれると邪魔だから」とか「次に使う人が困るから」と言ってやってくれた。

何より今、私を彼の部屋に住まわせてくれていることが一番それを証明している。

ただ不満なのは、いつも無言で現れて、ダンボール箱を持ったり、さっさと片付けていなくなるから、お礼が言いにくいことだ。
一言「持つよ」とか「手伝うよ」って言ってくれたら、もっと気楽なのに、と恨めしくさえ思う。