そうやって視線をさ迷わせていると、さっきの千隼よりはずっと控え目にゴンゴンとドアが叩かれた。

「すみませーん。101号室の南部と申しますが、志水さんはご在宅でしょうかー?」

停電という非常時に、また千隼と私の間にある気まずさに、全くそぐわないのんびりとした声だった。

私が住んでいるこのアパートは上下左右に4世帯入居できるのだけど、202号室に住む私と対角線になるのが南部さんだ。
正面から見た時、私は右上、南部さんは左下という位置関係。
引っ越しのご挨拶に伺った時会っただけだけど、力の抜けた雰囲気の若い男性だった。

「ちょっと、ごめん」

目の前に立つ千隼を避けてドアノブに手を伸ばす。
ゆっくり開けると、大きな懐中電灯を持った南部さんがニコニコと笑顔で立っていた。

「こんばんは~。あれ?すみません!お取り込み中でしたか?」

本当に『取り込んで』いたのだけど、そんなことを正直に言うわけがない。

「いえ、全然。どうかしましたか?」

遠慮を見せたとは思えない朗らかさで南部さんは言う。

「志水さんって、反射式ストーブ持ってます?」

「いえ、持ってません」

「だったら今夜は冷えますから、俺の部屋に来ませんか?」

私は言われたことの意味を理解しようと少し悩んだのだけど、千隼を見上げた南部さんは慌てて詳しく話し出した。

「違うんです!決してやましい話ではなくて、むしろ逆!アパートの人全員に声掛けてるんです!」

「それでみんな集まってるんですか?」

私ではなく千隼が聞くと、南部さんは困ったように眉を下げた。

「102号室の長田さんは引っ張って来ました。でも201号室の浜中さんはお留守でしたね。看護師さんだから勤務中かもしれません」