「大丈夫か?大丈夫じゃないよな」
聞いてきたくせに勝手に答えられて、「そうだ。ものすごく怖かったんだ」と今更ながら思い出す。
遅れてやってきた感情は、私を一気にパニックに陥れた。
何・・・これ?
身体の中心が絞られたようにぎゅうううっと痛い。
バクバクと波打つ心臓は痛くて、あまりに鼓動が早過ぎてむしろ止まってしまったんじゃないかと思った。
頭の中心がしびれたように何も考えられなくて、ただ、このままだときっと私は私じゃなくなって、もう戻れなくなるという、何か大きな波に飲み込まれるような感覚に襲われていた。
さっきまで感じていた闇に対するものとは全く別の恐怖感。
「ごめん」
切実に許しを乞う声が耳元でする。
私を抱きしめる腕の力がまた一段と強くなった。
「ごめん。大地じゃなくて、ごめん」
大ちゃんのことなんて、全然考えていなかった。
私の中は今目の前の人のことでいっぱいで、処理し切れない感情に押し流されそうになるのを、ようやく堪えている状態だったから。
だけど言われて、「そうだ。私が好きなのは大ちゃんだった」と思い出した。
大ちゃんだったら、きっとこんなじゃない。
大ちゃんだったらもっと穏やかな気持ちになれる。
大ちゃんだったら心に余裕が持てる。
大ちゃんだったら私はこれまでと変わらない私でいられる。
こんなザワザワして、痛くて、不安定で、逃げ出したいのかしがみつきたいのかわからなくて、私が私じゃなくなるみたいな、頭がおかしくなるみたいな、そんな場所は知らない。
怖い!
私が求めていたのは、こんなにわけのわからない場所じゃない!
こんなところにはとてもいられない!
気付いたら力一杯千隼を突き飛ばしていた。
千隼は驚いたりせず、ただ、私を抱きしめた形のままの腕をそっと下ろした。
千隼から離れると闇が深くなったような気がした。
ほんの数秒前までは暗さなんて感じていなかったのに。
離れてしまうと千隼は闇と同化してしまって、どこを見るのが正解なのかわからなくなる。



